トラウマが勝手に思い出される話がしたいです。

仕事をしていて、ちょっとしたミスをしたときに自分を責めてしまいます。

 

誰も私を怒っていないし、誰も私のできなさを責めたりもしていない。

それなのになぜ私は自分をここまでせめて辛くするのだろうって思っていた。

 

 

それで今ADHDに関する本を読んでいたわけです。

周りに普通できることをできないことをよく責められる、

それが自己肯定感を下げてしまい、結果的に本当にできない人になってしまうと。

 

私と状況が似ているなあ、と思いつつ

ああ、私自分がミスをするたびに自分が普通ではないことを思い出すんだろうなあ、と思いました。

 

正直ミスしたら普通ではないっていう訳ではないんですけど、

多分昔のトラウマとかを勝手に思い出すんでしょうね。

 

 

新卒で入社した企業でのことですけど、

毎日たくさんミスして、

細かいところまで直されて、

すごく嫌な思いをしていました。

 

自分にはできない、とわかっていることを

人よりも苦手だってわかっていることを

並にできるよう望まれていることってかなり辛かった。

 

でも私はその期待に応えたかったし、

応えないとその先の仕事ができないことも目に見えていた。

 

だからがんばったんだけど、

なんでこんなこともできないの、とか

なんでこんな普通ならできることができないの、と言われて、

私は泣きました。

 

トイレで泣いた。

 

懐かしい。

 

その場では涙堪えて分からないって言ったし、

今でも分からない。

 

普通に皆ができることができないのは、

いけないのことなのだと、

自分が変わっている人だと思われるのだと

思い始めたきっかけなのかもしれない。

 

そしてその自分が普通ではないっていう感覚を、

どれだけ周りが「ミスは誰でもするものだ」となだめてくれても、

ミスするたびに思い出してしまうのだと思う。

 

自分が社会不適合者で、

他の人とコミュニケーションをうまく取ったり、

仕事を普通にこなしたり、

悪口、陰口に耐えたり、

理不尽なことに対して耐えたり、

社会の暗黙のルールに従ったり、

 

そういった些細なことをなぜかできない自分を思い出して、

レールから外れた感覚をずっと恥じているのだと思う。

 

なんでこんなこともできないんだと。

ただ黙るだけでいいのに、

言われた通りにやればいいだけなのに、

深いこと考えなくていいのに。

 

なんでだろうね。