3連チャンで働いてみて

昨日まで3日連続フルタイムで初めて働きました。

時間は11時から10時半まで。

交渉して休みは2時間もらいました。

 

それで、働いてみて、

前の記事にも書きましたが、

やっぱりどこの職場に行っても、

私が上手く働けない限り、

ずっとこうなんだなっていうのは感じました。

 

そして私が上手く働けるようになるには、

性格の根っから変えないと難しそうな気がしました。

 

優先順位の立て方や、

「なんかおかしいけど、ま、いっか」って思う癖をやめるとか。

 

それに加えて、たくさん考えるのをやめたり、

むしろ考えた方がいい部分もあったり。

 

もう性格だと思うんです。

 

実際に正社員として働いて、

今こうやってアルバイトたくさん入るようになって、

自分は他の人が時間をかけていないところにかけていて、

それでもって得ているものが少ないのではないかと思います。

 

だから長所がないように感じるというか。

 

調理に関してもそうなのですが、

私はどうすれば美味しくなるのかが気になるんです。

でも、私から見るとそういったことをレストランの人は考えていないんです。

 

なんていうんだろう。

私はどうすればお客さんに届くものがより良くなるのかっていう広い感じで見ているのですが、

キッチンの人たちは、どう働けばお客さんにいいサービスを与えることができるのかという部分を見ている気がします。

 

考える部分が違うから、

私は細かい部分を見落とすのかなあ、とか。

 

まあ、でもキッチンで働いているんだから、

まずは自分の仕事をこなしてから言えってことですかね。

 

そうね、でも3日連続で働いて、

自分でも注意を何度か受けているのにもかかわらず、

結局他の部分でミスをしているのを見ると、

自分でも自分が情けなく思う。

 

なんだこいつって思われても仕方がないぐらいのミスだったと自分でも思う。

 

 

うまく言えないんですけど、

私に見えているものが見えていなくて、

誤解を生んでいるというか。

 

別に自分がすごい優れているとか、

言いたいわけではないのですが、

 

多分見ているものが違くて、

だから余計に

「なぜユキはこんなことをしたんだ」とかって思われている気がする。

 

対人で言ったら、周りが見えすぎて、気を遣いすぎていたのかなって気持ちになった。

 

うん、てか全体的に気を遣いすぎているのかな。

 

でも気を遣わないと、好かれない気がしてしまう。

 

本当の自分を出したら、なんでそんな頑固に考えるのとかって言われてしまいそう。

 

「ただ言われたことをやるのではなくて、ユキはもう少し自分のやり方を見つけた方がいい」って言われたんです。

 

自分に方法がないわけではないけど、

いつから従うようになったんだろうって思った時に前職で働いていた時のことを思い出しました。

 

彼らは「自分のやり方で」って言っておいて、

彼らのやり方でやらないと注意を受けていたので.....

 

だから自分のやり方がないわけではなかったことに気づく。

それで、キッチンで働いている時に言いたくなるようになったんです。

 

そうめんの茹で方、正しい茹で方を私は学んでいたので、

それは違う、と言って、私のやり方でやってみたい、と。

「本当に〜?それくっついちゃうよ〜」って言われて、

結局くっつかなかった。

多分心の中でずっとイライラしていたのかもしれない。

本当は、こういう風にやった方がいいと思うのにっていう気持ちをずっと抑えていたのかもしれない。

ってこの時思った。

 

多分今までだったら、黙ってやらせて、

その人の言うとおりやっていたからな....。

 

それで次はタルタルのタマネギに塩をかけると言うもの。

シャキシャキ感がなくなるし、味も薄くなった感じがしたから、

気になって、自分で事前に調べていた。

すると、塩もみをすると栄養素が抜けるし、やっぱりシャキシャキ感も減るんだと。

一番いいのは水に5分つけておく、と言うもの。

 

最初は水を使っていたのに、今の上司が絶対に塩もみだ!って言って、

調理方法が少し変わったんですよね。

それに私は実は納得がいってなかったんです。

今までのタルタルは美味しかったし、

この人はネギにシャキシャキ感求めない、とかいってたけど、

シャキシャキ感なかったらタルタルではない!!って私は思っていたんですよ。

 

だからそれを教えてくれている先輩と一番近くで働いているその上司に伝えました。

先輩の方は、「私今日は水につけて作ってみたい」といった私に面食らってました。

まさかそう言う方向で「自分なりの方法」でやってみたい、と言うとは思わなかったんでしょうね。

あ、ああ、いいよって感じでした。

 

それで上司に伝えると、まだ言い終わっていないのに

「ダメだから」

「レシピを変えるってことは基本的にしないから」ってちょっと怒りまじりに言われました。

 

って言われてもね。

前職だったらここで引き下がりましたよ。

 

でも私が自分なりの方法を全然やらない、というならって思って、

私はさらに突っ込んだんですよ。

なんで塩なのって。

 

そしたら少し説明してくれてスッキリしました。

 

後は昨日も、そのタルタルソースを作る時に、

マヨネーズの開け方を自分なりに考えてやったんです。

今までのやり方だと手が汚れるし、

時間がかかりすぎている、と感じたのです。

 

それで、その方法を見た先輩が、

なんじゃそのやり方って感じで、

「何してるの」と聞いてきました。

だから、なぜこの方法でやっているのか説明して、

そのあとに「手を汚したくないならプラスチックの手袋をすればいいんじゃないの」と。

一瞬確かにって思ったけど、プラスチックでプラスチックのマヨネーズもったら、

滑らないかなって言うの思った。

けどそこまで言っちゃうと、

本格的にウザがられると思って言わなかった。

 

もしかしたら先輩は器用だから、

スってきてぱって行くのかもしれない。

 

でも不器用な私からしたら、

同じ方法でやるとモタモタしてしまう。

 

からこの方法でやったんだけどな....。

 

それでそのあとに思い出したんですよね、

あまり好かれていないこの上司ですが、

この方も自分のやり方でやっているんですね。

それを見て他の人たちは「なんでわざわざあんなことするんだ、おかしい」って笑っているんですね。

 

私はそれを見て、確かにそこまできっちりやらなくてもって思いつつも、

ああ、あれは日本的なやり方なんだけどな、

おかしく見えるんだな、と納得していました。

 

だから、これで私も自分のやり方でやれって言われているけど、

多分その先輩が納得するやり方でやらないと、

後でみんなの前でユキが変なやり方をするって話になるんかな、とか思った。

確かに変なやり方ではあったけど、こっちの方が綺麗に早くできると私は思った。

 

それで、前職と同じことを思ってしまいました

 

「自分の思うベストな方法でやれって言っておきながら、やっぱり自分たちの方法に従って欲しいんじゃない」

 

すごく強く、マヨネーズの切り方はこうでなくてはいけないって言われていないけど、

半信半疑みたいな感じで言われたし、

多分普通だったら、先輩のやり方の方が早く終わるかもしれないけど、

私は人より不器用な部分をカバーしたくて自分のやり方を編み出したのよ。

でも結局それも周囲から見たら、変なやり方に見えるし、

やっぱり従っていた方が色々と楽なんかなあ、とかしみじみ思いました。

 

後は、やっぱり日本VSシンガポールをなくすことはできないのかな、とか。

きっと初めて言うのですが、

私はシンガポールでずっと生まれ育ちました。

 

ただ、日本人学校、日本人の友人と遊んでいたりしていたので、

日本文化の中で大体育ってきたのです。

後はその後少しインターナショナルスクールに行って、

英語で授業を行う学校に通っていたぐらい。

 

だから、「日本ではこうだけど、シンガポールではこう」って言う話がわからない。

わからない、と言うか。

なんて言うんだろう。

さっきの上司の話に戻ると、

「あの人の考え方おかしい。理解できない」ってことも、

私は理解できるし、「考え方おかしい」って言う人達の意見もわかる。

でも皆が皆そう言う風に考えられるわけではない。

 

だから、前職で働いている時もジレンマに陥ることがあった。

日本人VSシンガポール人で意見が分裂した時も、

私はどっちサイドの味方をしたいわけではなくて、

自分がその時に確かにって思った意見に行きたいと思う。

 

だからさっきまでは、日本人サイドにいて、シンガポール人に対して意見おかしいって行っていたのに、

次はシンガポール人サイドに行って、日本人サイドおかしいって言うのかってなるんだと思うんですよね。

結局あなたはどこの所属なの、みたいな。

 

実際に皆がそう思っているのかわからないけど、

なんか昨日はそう感じる部分があった。

なんか人との接し方で価値観が違うんかなあ、みたいな。

後言語の壁もあるしね。

私は今どっちが悪口言っているとかわかっても、

周りは私が悪口を言っているのかとかわからないもんね。

 

皆に上司に対する愚痴は言っていたんですよ。

それで、皆がわかるわかるってなっていて。

でもそんななか、それでも私は上司に話しに言ったり、

意見を求めたりすることはあったんです。

一緒に笑うこともあったし。

でもそれは、本当は嫌いだけど、仕方ないから話してやるって感じではなくて、

嫌いな部分はあれど100%悪い人ではないから、

そうでない部分は見つけて好きになりたいって思いからなんですよね。

 

でもそんな私を見て、

「上司と私たちの悪いところ言っていたんでしょ」ってマレーシア人の方に冗談か本気かよくわからない感じで言われて、

少し傷ついた。

 

だから、なんだろう、

価値観が違うって難しい。

 

マレーシア人の考えが正しいって感じるから、そっち側にいるのではなくて、

私は自分が苦手だな、嫌だなって思うことこそ、

なんか自分を成長する何かがある気がするから、

近づくんですけど、そうでない人の方が多いんだなあ、とか。

 

自分と違う価値観を持っているから、合わないのだから、

その価値観を理解した時に人として成長する気がするんだけどな。

 

うーーーん、

考えすぎかな、わからない。

 

自分が実際に思ってやってることと

違う風に捉えられて嫌われるのってなんかヤダ。

 

かなり話脱線していますね。

 

でも、そうですね、

いろんなことを考えて、

 

私の「シンガポールと日本を(本当の意味で)繋げたい」って言う夢は、

相当な時間と労力が必要みたいだし、

やるにはお金のことも考える必要があるらしい。

 

「自分が求めているものではなくて、お客様が求めるものを作る」というものに

私の考えはあっていなかった。

 

もしくはまだきていないのか。

と言うことはメニュープランニングをこれから売ろうと思っていても、

しばらくは自分の求めるものではなくて、

クライアントが求めるものを自己流にアレンジする必要がある。

 

そこで思ったのは、

やっぱり私メニュープランニングが楽しいって思えるのは

自分を表現することができるからなんですよね。

その人の思い通りのメニューを作れた時に嬉しいって感じるのではなくて。

 

柔軟な考え方をすることで、

相手の考えていることを探って作り出すことはできると思うんですけど、

これだと自分の意向と違うものを作ることになる。

 

結果的に自分のお店を持って行うことができても、

私のご飯はきっと受け入れられるのに時間がかかるんじゃないんかなって思った。

 

とか言っているのは、今自分の精神が不安定だからなのかな、とかとも思ってしまうけど。

 

あとは仕事が遅い、人手不足だからと言うこともあって、

やっとこれできた!って思っても、

もう次の仕事が待ち受けているんですよね。

 

昨日は土曜日で忙しい日ではありました。

そんな時に午前中に先輩から

さっきのタルタルソースを作って、と言われました。

まだ人はそんな入っていないし、

正直いくつかの食材をミキサーにかけて、

それを大きなお鍋に入れて、調味料全て入れて混ぜて、

それをボックスに入れていくっていう単純な作業なんです。

 

多分前日に私の全体的なスピードが上がったのを目にして、

私にできると思ったんでしょうかね。

 

私としてはやっと全体的なスピードが上がってホッとしたところだったので、

正直できるか不安でした。

 

スピードが上がったとはいえ、

まだ一人で全ての作業はできていないからね。

 

人がたくさんきてしまう前に終わらせたいって思いつつも、

私の中では今日タルタルを作ろうと思っていたわけではないし、

久しぶりだったので、まず何を用意する必要があるのか、という部分でモタモタしてしまった。

洗い場まで何往復もして、ものを取りに行って、

途中でオーダーが入ったら、その準備をするために作るのを一旦中断して....

 

多分普通だったらぱっぱって終わると思うんですけど、

私はよく忘れたりすることもあって、

考えるのに時間を費やしていました。

 

あまり考えずにやってみなって言われていたけど、

考えずにやって、後からあれが足りない、これが足りないってなったら、

結局ちゃんとみてって注意されるんだろうなって思うと、

確認は怠れない。

 

だからその先輩が思っていた倍ぐらいは時間をとって作っていたと思います。

申し訳なく思うと同時に、普段から裏で私作っていたから、

どれぐらいの時間が必要なのかとかって考えてくれていたら、

こうなることもわかっていたんじゃないか、という私の怒りも正直あります。

なんでできなかったんだ、とは言われたくない。

 

それで結局お客さんが大量に来る時間になりまして...。

タルタルなんて作っている場合じゃないっていう思いと、

中途半端に置いておいたら、そのまま忘れそう、品質悪くなりそう、

後で上司に言われそう、なんてことを考えると作らずにはいられなかった。

 

とりあえずタルタル終わらそう。

もうあとはボックスに入れるだけだしって思っていたのに、

意外と入れるのに時間がかかるんですよね。

 

そうこうしているうちに自分のメインであるお仕事が行き詰まり始める。

一緒に出すはずの漬物やカレー、大根おろしなど、全てなくなった。

それに加えて、ご飯も炊く必要があるのかって確認もしなかった。

 

パニックになった。

どこから手をつければいいのかわからなくて泣きたくなった。

 

優先順位を冷静に考えていれば、

そもそもタルタルを先に作らない。

先輩に、どれぐらい緊急なのかを聞いていたと思う。

先にタルタルを作って、全部なくなったことに気づいても、

まずは何を出す必要があるのかを聞いて、

先輩や上司に助けを自分から求めるべきだった。

 

こんなこともできない自分がすごい嫌になったし、

できないことを求められてすごい辛かった。

 

もちろん母親がこっちに帰ってきて、

それで精神的に不安定になったり、

イライラしていて上手く集中できない、コミュニケーションが取れてないってこともあったけど、

そういう感情も結局自分でもう解決、処理するような年齢だと言うこともわかっている。

 

それでもなんか辛くて。

 

甘えているって言われるけど、

そんなつもりは全くないし、

むしろ自分が動きたいって思っている範囲以上に動こうとしている。

んだけど、社会的にはまだまだなんだと思います。

 

辛いです。

どれだけ頑張って、ミスを減らそう、常識的に考えようとか思っても、

はぐれてしまう部分が出る。

 

そんな自分が嫌になる。

 

でも一方で、いいことに気づいて。

 

うぬぼれかはわかりませんが、

自分の感情が改めて人に大きな影響を与えるんだと言うことを知りました。

私がただ感情的なのかどうかはわからないのですが、

私の機嫌がいいと周りとそれに合わせて明るくなるし、

私の機嫌悪くなるとそれに合わせて悪くなる気がした。

 

それは私だけではないかもしれないのですが、

私には....癒す力があるんじゃないかな、みたいな。

なに言ってるんだって自分でも思うのですが、

私自身気持ちがゆったりしている時に人に話すと、

その人の表情も柔らかくなる感じがします。

 

だから、なんだろう。

そう思いたいだけかもしれないけど、

人と対面するって言っても調理とかホールスタッフみたいに人と関わるのではなくて、

もしかしたら自分のしたことで誰かが癒されるようなお仕事がしたいのかもしれないと思った。

だから栄養士になりたかったのかな、なんて思ったり。

 

自分のお店を開きたいって言うのも、結局自分の思っていることをただ発信するのではなくて、

自分の価値観を他の人と共有することで、私自身孤独だと思う気持ちを解決したいって言うのもあったし、

多分私の見方を皆も知ることができたら、

もっと平和になるんじゃないかなって私の思いがあるんだと思います。

 

例えば、今は「日本人はこういう狭い考え方をするから」ってお互いを歪みあっていても、

私を通じて、それぞれの考え方を理解して、

そういういがみ合いも無くなって、固定観念もなくなって、

境界線も無くなって、本当の意味で仲良くなれるんじゃないかなって思った。

 

まあ、結局それも私のエゴですよね。

 

でもそんな世界になったら嬉しいな、とか思ったわけです。

 

そんな世界を作るには、私は小さすぎたって言うこともわかったし、

おそらく私もそこまでしてメニュープランニングはしたい、と今は思えませんでした。