可能性を摘み取っているもの

私はよくしっかりしていない、と言われます。

忘れっぽいし、分かっているのにやらない、ということも多いです。

 

理由はわからないけど、きっと母親の過保護な育て方のせいだ、とずっと思っていました。

そういう風に友人に言ったら「でもこれは心配になるよ。危なっかしいからお母さんも過保護になるよ。」と言われて、

そうなのかなあって気もするけど、ずっと何かが引っかかっている。

 

それで食べ物を売るイベントでようやくはっきりしました。

母がやっぱり原因でした。

 

今回のイベントですが、去年は母がやっていたものを私が自分でやってみよう、と

引き継ぐような感じでやりました。

売る食べ物は変えることもできるので、自分のアイディアを元にしたい!と色々考えるものの

やっぱり売ったことがないと何がいいかわからないんです。

それで母にアイディアもらうために一通り自分の考えているメニューを伝えると、

「これはダメ」ばかり。

 

ダメなら仕方ない....と思ってもう一回練り直すじゃないですか。

しかし、母はその間にいっっっっちばんいいメニューを持ってくるのです。

 

まだ私は練り直してみようー、と考えている段階なのに、

母は既に練り直す必要がない案を私に持ってくる。

自分には案がない。これは受け入れざるを得ない。

 

という感じです。

これを見て、ただ私が母に屈している、という風に見えもしますが、

実はもっと深刻な話で、

多分普通の人だったら、最善ではないけど自分の中でこれがいい!というものを出すと思うんです。

それで実際売ってみて、売れなかったり、材料が足りなかったり、とか

そう言ったものを経験していって最終的に最善のものへとたどり着くんです。

 

そういう人って他の作業でも、段取りの取り方が上手になるんです。

自分に足りないものが分かっているから。

 

しかし、私の場合って、まだ考えてさえもいない時点で最善のものが目の前にあるんです。

だからいつでも最善のものを与えられて当たり前、

策を考えなくったってなんとかなる、って思ってしまうんです。

 

結局誰かが自分の尻拭いをしてくれる。

だから自分がどんな失敗をしているのか、しようとしているのかってことがわからない。

 

でもとりあえずなんとかなるって。

だから自分で、このままではやばいって分かっていても、

きっと誰かがなんとかするからってほっといてしまうんだと思います。

 

それを見て、母や友人が危なっかしいって言ってる気がします。

 

後は、いつも最善のものを母は出せるから、

だから私も自分に自信を持てないのかなって思います。

母はこれだけのことを思いついて、ここまで準備ができるのに、

なぜ自分はできないんだと。

で実際母もできない私を見たり、失敗する私を見て「え??そんなんで本当に大丈夫??」って言ったり、「絶対にできない」とか言ったりするので、

んで実際そうなので、反論もできないし、余計惨めな思いをしているような気がします。

 

これって相当やばいです。

失敗から学ぶことができないだけでなく、

失敗をすること自体が怖くて前へ進めないし、

そもそも失敗に対しての対処がわからないし、

何よりその壁をぶち破りたくても母が介入してくるということ。

どれだけ私が母なしではうまくできないのかを知らされるようなものです。

もちろん、母なしでもできる、と考えたいのですが、

実際今日のフードイベントは母なしではもっと慌ただしかったと思うのです。

 

なんていうんだろう。

普通ここは、

母に「何度もいうけど、私が今回自分でやるから介入してこないで」って言ったのに、なぜ守ってくなかったのか、というところを怒りたいのですが、

 

実際助かってしまっているがために反論ができない。

 

じゃあ母が私を助けなくて大丈夫って思えるぐらいの人になればって言われるわけですよ。

 

だから!!それも含めてフードイベントに出店して見たのに

この樣ですよ!!

 

母の中でもうほっといて大丈夫っていうレベルが、

私が完全に成功しているっていうレベルなんだと思います。

 

でもそんなの無理じゃないですか!初めての出店ですよ!

もちろん母からアドバイスを聞くことは大事だけど、

何もかも聞いていたら私のお店ではなくなります。

 

普通はこうピンチを乗り越えるところを見て、

あ、この子はほっといても大丈夫って思うと思うのですが、

私の母はピンチを乗り越える前に、そのピンチを摘んでしまうのです。

本当に少しでも失敗しそうな雰囲気があったら、

多分母の中ではもう失敗なんだと思います。

 

そんなわけで、どれだけ母の過保護さが深刻なのか、

それによる影響が自分にどれぐらいあるのかが

以前よりわかってきた気がしました。