親のせいで

これを読んで、どう思うかはわかりませんが、

私は自分の人生が親によって狂わされていると思っています。

 

 

恵まれた環境にいるのだから、それでいいではないか。

親を変えることはできないのだから、

親のせいにするよりも、自分がこれからどうすればいいのかを考えたほうがいい、

というのは私も思う。

 

ただし、そう思って行動していても、

フッと昔のことを思い出して、

悔しくて憎い思いになるんです。

 

私の親はいわゆる毒親と呼ばれる人たちです。

二人とも私のことを愛してくれていますが、

とてもいびつです。

 

母は私が怪我をすることが怖くて、

悪い友人とつるんで悪くなることが怖くて、

一人でなにかしたら失敗してひどいことになるのが怖くて、

ずっと私を閉じ込めました。

 

また、なにもしてくれない父への鬱憤が溜まっているのか、

私が普通の子たちと違ったからか

(小学校低学年までは、友人と遊ぶよりも一人の方が好きだった)、

急に機嫌が悪くなり、暴言暴力を働くことも多かったです。

 

父は出張で家を空けることが多く、

お土産をいつも持って帰ってきてくれることが楽しみで、

母の暴力からも守ってくれて、

ゲームばかりしていて面倒くさがりやだけど、

私にとっては頼れる親でした。

 

ただ大人になって

昔を見返すと、

父は明らかにサイコパスでした。

私が悪くなくても、

母の暴言暴力が終えてから、

私のところにいつもきました。

 

大抵、私は泣き叫ぶのに疲れて、

部屋の端っこで倒れていました。

 

そんな私のそばに父はきて、

「お母さんのやり方は悪いけど、お前にも悪いところがあるぞ」

「なんでそれぐらいやらないのだ」

といつも説教が始まりまるのです。

 

大抵は私が悪くないことです。

家庭教師との授業にうまく集中できない、

連絡網や音読で見てほしいのに、テレビに集中して無視してくる、

スイッチをオンして欲しい、あれを取ってほしいなど、自分でできることに

私を使ってくる。

 

やってくれないから怒る、不満を伝える。

するとキレ始める、といった感じです。

 

私にはなんで怒られているのか分からないし、

自分の言っていることは怒って当然だと思った。

父は私になにがあったのかを聞くこともあまりありませんでした。

 

「お母さんから話は少し聞いた。」

もちろん母から聞けば、母の都合のいい話を聞かされるのに。

 

泣き疲れて、目が虚ろになっている私に向かって、

父はため息をつきながらも、

普通に説教してくるのです。

 

「なんで自分が悪くないことで怒られているんだ。」

「私は本当にそんなひどいことをしてしまったのだろうか。」

「怒られている理由がわからない。私バカだからなのかな。」

「バカだから親はこんな風に罵ってくるのかな。」

「疲れた。もうなんでもいい。もう頼まない。もうお願いしない。」

 

こういう風に私のひねくれた無気力な性格が育っていったのだと思っています。

 

また、家族でご飯を食べるときは、

母が金銭的な話をよく父にしていました。

 

学校から帰ってくると「今日どうだった?」と聞くことはあっても、

元気?のような感じでしたし、

そこから嬉しいことを話しても、嫌だったことを話しても、

いつも「ユキが〜したからじゃない?」「ユキが〜だからね」と

私を下げるようなコメントばかりをしてきました。

母の方はなにかと情報を気にしていました。

私がつるんでいるのはなんていう子で、

どういうことをしている子なのだろうか。

私は何時何分になにをしているのだろうか。

 

二人とも子供のやっていること、楽しいと思うこと、などに

無関心でした。

 

そういった親を持ったことで、

パシリ体質で、いじめられること、仲間外れにされることが多かったです。

都合のいい人であることが当たり前になっていたのだと思います。

また、愛情が欲しかったのだと思います。

うざいぐらいに人からの注目を浴びたがっていました。

 

もし私が、違う親に育てられていたら、

自分がなんでこんなにダメなんだろう、と思うことなく、

いじめられることも、仲間外れにされることもなく、

人と同じ人生を歩めていたのではないだろうか。

 

彼氏も早い段階でできて、

長く付き合うことができたのではないか。

 

そう思うことがよくあります。

 

親のせいで私の人生が台無しになった。

 

そう思いたくなくても、

心の底ではずっと憎んでいます。

母と父が私にしたことを許せずにいます。

 

わざと持ち出した時期もありました。

社会人1年目で辞職した後、

私はどれだけ親の影響が大きかったのか知りました。

仕事をするときに

ミスをすると、誰にも責められていないのに、

勝手に自分を責めて辛くなっていました。

 

社長には

「大事に育てられてきたから、叱られることに耐性がないんでしょ」と言われて傷つきましたが、

実際は「怒られすぎて、少し言われただけで昔のことを思い出す」のだと思います。

 

こんなに私の人生を左右しているのに、

なぜ私の両親はなにもなかったかのように

ニコニコと私に話しかけられるのだろうか。

なぜ罪悪感を持たずに生活ができるのだろうか。

 

そこから私は親との関係により違和感を持つようになりました。

リベンジ、ではないのですが、

私がどれだけ傷ついてきたのか、

喧嘩の後、普通に話しかけられて、

普通に接しているとき、

私はどれだけ二人のことを憎く思ったのか。

 

なかったことにされたくなかった。

私もそろそろ親から解き放たれたかった。

 

喧嘩が起きる度に、

小さい頃に言われたことを出して、

「私のことひどいって言ったけど、二人ともこういうことを私に言っていたよね」

「こんなこと言ってきて、普通に接してくるのに、私はこんなことで謝れって言われるの?」

「私に死ねって言ったのに?」

 

と言った感じで、思い出させました。

私だけがずっと心に溜めるのはフェアではない。

 

両親もそれを聞き、図星だったのかうまく返すことができず、

その怒りをまたぶつけてきました。

 

母は感情的になりやすい人だったので、

荒れていました。

 

父に至っては「そんなこと言った覚えがない」と

自分がしたことを忘れていました。

 

これだけ話しても、

まだ「昔はこんなことしてごめんね」と言う気にはならないんだなあ、

と私は心底辛く感じていました。

 

私を精神的に追い詰めたことは、 

両親にとって、仕方のないこと、悪くないこと

小さなことだったのだと思うと

それはそれで孤独感に襲われました。

 

ここまで言っても、

私の気持ちに寄り添うことができない親を親と思えないようになっていました。

 

この辺から私は自分の意見をはっきり言うことが怖くなくなりました。

ただし、それと同じ時期に人への安心感は0に近かったです。

人を傷つけるだろう発言をすることにためらいがなくなっていました。

 

やっと長年自分が思っていたことを両親にぶつけられたのに、

少しスッキリしたのに。

ずっと両親に追いかけられて、

付きまとわれているような感覚でした。

 

言いたかったこと、伝えたかったこと、辛かったことを

一通り伝えて納得がいってから言うのをやめました。

 

父はなにも覚えていないということに

大きくショックを受けました。

少し思い出しても、

私にとって辛かった思い出を

「あのときの母の剣幕すごかったね〜」

「ユキこんな感じだったよね〜」

といい思い出のように語れる父が私にとって信じられなかったです。

 

それは今でも一緒です。

もし私の親が普通の感覚を持っていたら、

人といい関係を築けていた。

仕事選びにこんなに慎重にならなかった。

彼氏と長続きしていた。

頑固にならなかった。

友人関係で悩まなかった。

こんなにも自分がダメなやつだと思わなかった。

自殺を考えなかった。

自分を嫌いにならなかった。

 

なかなか乗り越えるのが大変なところです。