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大卒からプロのカメラマンに

そうこう、自分は正社員として働きたくないんだって思った時に

Yahoo Japanのニュースで似た考えを持つ人がいました。

 

特にこれといって将来のために打ち込んだものがあったわけでもなく、

普通に大学行って就活していたらしい。

けど就活しているのが嫌になってきて、

カメラの専門学校に通い、プロのカメラマンとしてわずか1年で賞をとり、

6年後には世界中にファンができるまでになったんだとか。

もちろんご飯を忘れるぐらい夢中になって励んでたからなれたと思うの。

 

今ヤフー見ても元の記事が見当たらないから、私のまとめで。笑

 

でも本当にこの記事読んで、また少し救われた。

成功している人がいる、ということは私でも不可能ではない。

私にもきっと、普通のお仕事をする以外の道だってある。

 

お父さんに昨日やっと自分の進路で迷っていることを伝えたら、

夢見すぎだってやっぱり言われました。

全部やりたくて決められないってことは

きっとその中のどれでもいいんだよって言うから

じゃあお父さんひとつ決めてくれる?って選択肢教えたら

え、ちょっと.....それは将来に役たつの?立たなかったら意味ないよ。

って言われた。

 

大人は皆同じことを言う。

将来役たつことをしなさいって言う。

 

特にアートスクールに通う(先ずは趣味程度に)っていうことが引っかかったみたいで、なぜそれが選択肢に入っているの?

趣味程度にやって、それから深入りしたとこで何かいいことあるの?って。

 

私はお父さんや他の人がそう言う気持ちすごくわかる。

行って、アートいいな!って思うだけで終わるなら、

私も他のことに時間が使いたい。

 

でも、もし

アートの世界いいな!って思って、

どんどんのめり込んで、本当のアーティストになったとしたら?

 

プロのカメラマンになったあの人だって、

就活中にしていた本屋のアルバイトで有名なフォトグラファーの写真に心奪われて、

進路を決めたんだって。

 

そういうの聞いたら可能性ゼロでないのに、

ここで「出来なさそう」「役にたたなさそう」でやめていいのかな。

 

本当のアーティストは言いすぎたかもしれない。でも、

もしかして、アート習っている間に声をかけてもらって、

なんやかんや熱中できるお仕事にたどり着けるかもしれない。

習いに行ってよかった!って思うようなことが起きるかもしれない。

 

夢見すぎっていうのわかるけど、

「もしかしたら」って思うと選択肢から外せずにいられない。

 

夢見たいな現実を見るのはダメなのでしょうか。